2015年公開のギリシャ・フランス・アイルランド・オランダ・イギリス合作の映画。
監督は『籠の中の乙女』、『女王陛下のお気に入り』、『哀れなるものたち』の作品で知られるヨルゴス・ランティモス。
⚠️ Spoilers start below! Read at your own risk.
独身者は施設に収容され、期限内にパートナーを見つけられなければ動物に変換されるというディストピアな世界をベースに、夫婦、愛情、友情に潜む利他的関係の矛盾をジワジワと突きつけてくる。
恋愛至上主義を皮肉っているようでいて、反恋愛でもなければ、孤独を肯定しているわけでもない。問題はそれらのシステムにあるではなく、利己的な自己保身という業から逃れられない人間なのではないか?というぼんやりと世界が見ないふりをしている疑念のベールを剥ぎ取っていく。
この世界の前提である「独身が罪であること」「罪を犯したものは動物に変えられること」という社会はあくまで疑念をあぶり出すための装置であり、それに対する疑問や反抗は今作のテーマではない。このため作品全体を通して感情の抑揚は小さく淡々とした演技でストーリーは展開していく。
感情的な演技があったのはコリン・ファレルとレイチェル・ワイズがレジスタンスリーダー実家の2回目訪問時のチュッチュシーンぐらい。そして、これがきっかけでレイチェル・ワイズはレア・セドゥによる懲罰で視力を奪われる展開に繋がるのだけど、この部分も何かしらの暗示になっているのかもしれない。
これ以外にも作中の細かい要素やエピソードにたくさんヒントが埋め込まれている感じはあるが、初見で理解するのはちょっと難しかった。
- イントロのロバ射殺シーン >これは女性二人の友人の成れの果て?
- 森の中の動物たち >どこまでが元人間でどういう意味を持っているか?
- スパイのその後 >スパイを終了後どうした?なぜレジスタンスリーダーとフランス語で会話する?(これは冒頭のホモセクシャルは問題があり廃止されたことと関係ある?)
- 目の手術 >元々計画していたのは何故か?またその実行を受け入れたのは何故か?(近視条件が外れるのでは?)
エンディングをブラックユーモアに落とし込まず、余韻をつけた形にしているのは個人的に好き。
おそらく鑑賞時の年齢・状況・状態により、印象・感想が変化して新しい発見がある映画なのだろう。1年以上後に再度観てみたいと思う。