2014年公開のノルウェー映画。先日観覧した処刑山 -デッド卐スノウ-の続編個人的な前作評価はかなり低かったのだけど、この二作目と併せて観ることでキツイ運動後の生ビールのような状態になる作品だった。
かなりの迷作だと思うので、暇人は観たほうが良い。
⚠️ Spoilers start below! Read at your own risk.
前作はナチゾンビから逃げ切ったかのように見えた最後の一人がラストシーンでやっぱり絶命・・・?ブラックアウト・・・という形の終劇。いわゆる定番のBody Count、Stalk-and-Kill、And Then There Were Noneを組み合わせた「あぁ、やっぱ逃げ切れなかったかなぁ・・」というパターン。
ちなみにこの生き残りキャラは個人的にかなり予想外の人物で、イントロで死亡フラグ立ったと思ったキャラだった。ラストこいつ生き残るんだ?と意外に思いつつあぁこいつも死ぬのかーチャンチャンで納得したのが前作。
しかし今作は前作ラストのブラックアウト無しからの怒涛のスタート。生き残りキャラは死んでおらず絶賛逃走バトル中!これ初見対応など微塵も考えてなさそう。
奪われた宝を取り戻し作戦完了するナチゾンビ。そのまままた眠りにつくのかと思ったところで、ナチゾンビ隊長「ヘルツォーク」がトラックの水産会社名を観て何かを思い出すシーン。生前の何かをゾンビが思い出すというこのシーンはゾンビの歴史におけるターニングポイントとなった名場面として将来語り継がれることだろう。
ちなみに回想中に流れる演説はおそらくヒトラーのもので、これと同じ音声を聞いた記憶があり、KMFDM、Megadeth、Iron Maiden、Marilyn Manson、Metallicaあたりを探ってみたが見つからず・・・誰か知っていたら教えて欲しい気持ち。
さて、前作でボール投げっぱなしだった部分がいきなり予想外の形で回収される・・・
- 噛まれて感染しないタイプのゾンビである可能性
- それにも関わらず噛まれた右手をチェーンソーで自己切断
- 前作ラストから今作イントロでナチゾンビの手がちぎれて逃走成功
- 逃走後に病院で目覚めた主人公右手にナチゾンビ右手が接合済
- 右手は自分の意思で扱えない時がある
- 右手には死者をゾンビととして復活させる力がある
ここでゾンビVSゾンビという集団戦にプロットがシフトするのだけど前作の放置ボールは完全に今作の伏線。5年後の回収を前提とした企画を交渉した監督も認めた配給も両方素晴らしい。
また、ここでアメリカからゾンビスクワッドが入ってくるのも「ナチス✕ソビエト」という構図から生々しさを引き剥がすエッセンスとして絶妙。また現地人としてゲイ男性を設定してアメリカ人女性二人とチームを組ませるのもかなり絶妙なのだろう。
ノルウェー人では無いので推測になるが、非常にセンシティブな歴史的・政治的なエッセンスが伴うリスクを感じさせず、ゾンビ映画として集中できるように見えない地雷が事前に安全に解除されている百戦錬磨の現場プロの技を感じる。これはノルウェーの人の意見を聞いてみたい気持ち。
前作同様、ハラワタの利便性を強く押し出すシーンはたくさんあって勉強になる。特に車両間のガソリン移し替えは近い将来使う可能性がありそうで忘れないようにしたい。
最後の大混戦はドリフのようなハートフルなドタバタシーンになりますが、そこは恐怖心を持たないゾンビ同士の戦いだとその方向しか無いの仕方ない気もする。最後に北欧らしくフリーセックスな精神(?)を感じさせるエンディングを挿入しているのはステキでした。
一応、次作を予感させるシーンもあったけれど、今作公開から10年以上経過しているので次作は無いだろう。(プロット的にもヘルツォークの支配下に無いドクターゾンビの存在からこの上位階級としてヒトラー出てくるよね?みたいな予想がつくわけで、流石にそこまで言ってしまうとリスクのほうが高い感じなのかもしれない)
ゾンビに知性を与え、戦略性と集団統制力を与えたこと。またゾンビを生成するネクロマンサー的観点を与えたこと。ゾンビとSEXできること。などなどゾンビ映画の革命の玉手箱の様な映画だった。
これがレガシーになるかは不明だが、ゾンビ映画に対する大きなチャレンジの墓標として記憶しておいたほうが良いだろう作品。