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2010

ほほえみをあげる

家に帰ったらこんな手紙とプレゼントがあったo(^▽^)o 鏡文字多すぎだけど…
土曜日は事務所で仕事をしており、夜遅くに帰宅。
リビングの電気を付けたら机の上に、手紙とプレゼントが置いてあった。
プレゼントは手袋。手紙はマイソンからの手紙で内容は上記の写真。
なんだろうね、ただ手紙なんだけど、これだけでどこまでも頑張れる気がする。
お金とか、やり甲斐とか色々あって、それも大事だけど、これは威力の桁が二桁違う感じ。
子どもが出来てから、新しい感受ポイントが花開いて、驚かされる毎日。
それと同時に、自分が親をどれだけ勇気づけ、傷つけたかを痛感する。
たかだか40年、人生わかったような面をしていたらあかんなと感じる。
さて、話は少し変わって・・・、先日マイソン初号が仕事をして稼いだら、パパとママにこれをあげる、アレをあげるという話をしていた。で、弟の弐号には「ほほえみ」をあげるとのたまった。
「ほほえみ」をあげるとは、これまた詩的な表現をする子だな。
末はゲーテかサルトルか?とか親バカな感じで聞いていたが、やはり親バカなだけだった・・・。
初号の言っている「ほほえみ」は


20年後には弐号も普通に歳を重ねて20歳になるのだが、まだその辺はよくわかってないらしい。いや、もしかしたらそれを踏まえた上で、乳児プレイ的な何かを弐号の中に見出して、それを持っての「ほほえみ」なのだろうか・・・?
子供には大人には見えない何かが見えるという話もある。
もしかしたら20年後には弐号に子どもが出来て、それこそまっとうに「ほほえみ」が必要になっているのかも知れない。もしそうだとしたらその時に自分はその場に立ち会うことができるのだろうか?
20年後にはもう60歳手前である。
そもそも家系的に後10年ぐらいで死にそうだという実績から、人生を逆残して行動を決めている部分はあるけれど、もうあと10年ちょいぐらいしか一緒に入れないかと思うと、仕事なんかしている場合じゃない!という思いと、それまでにガッツり働いてできるだけ資産を残しておかねば!という思いのせめぎ合いになる。
そういう意味では資産価値の薄いマンションよりも、土地付き一戸建てだ!と思いつつも、別に土地に根ざした生活をしているわけでも無いのに、土地付きなんて必要あるのか??とか、なんでそんな大金払って狭い家を買う必要があるかね?とか、将来的に不良資産とかになったらやだなあとかそんなことを考えたりするが、まぁそれはまた別の話。

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