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芸術とは?

040328b.gif美術系の学校を出ているわけでもなく、そういう教養があるわけでも無い俗物なので、芸術とは何か?アートとは何か?その二つが同じものなのか、違うものなのか?もよくわかりません。昔はSEXとオナニーぐらいの違いかなと思ったのだけど、どーもそう簡単に片付くものでもないことはなんとなくわかってきた。

最近は何のジャンルでも「おーーっ!」と人を感動させることができれば「アート」になるのかしら?とか思うのですが、「デザインはアートだ」という前提条件としての話を聞いたりすると混乱してしまいます。

「アートしているので貧乏」とか「時代がついて来れない」とかいう話を言われると、「ん?」と考えてしまう。自分で「アート」しているとか言う言葉にも「?」。また「アート」をしているということで自分の現状を肯定するような発言にも「??」と考えてしまう。自分で「アート」って宣言すれば「アート」になるものなんだろうかしら?とか・・。時代を先取りとか何の根拠があって言えるのかしら?とか・・。(将来結果論的にいうならわかりますが)

絵画もそれはただ純粋に絵画で、それが第3者からみて「おー!すげえ!」とか何か心を打つものがあって初めて「これはアートだね」ということで「アート」になっていくのかしら?とか、本人が「アート」だと言っても「なんだよこれ、しょぼー」ってなったら普通の絵画じゃないの?とか思うのですが、そんなに簡単なものではないですかね?
「売れればアート」というのも語弊があるような気もしますが、売れなくても「アート」ってのも「?」。まぁこれは売れなくても生活できたりする人に対しての僻みもあるかも知れないですが・・・。

まぁ特に言葉や定義とかにとらわれる必要もサラサラないので、「アート」だって言われれば「へぇこれはアートかぁ」と思うのですが、岡本太郎が亡くなった時の横尾忠則の寄稿を読みながらちょっとその辺考えたりしてみました。(横尾忠則の語っている内容まで到達しないところで・・、ですけど・・・w)
以下1999/10 Eureka 「芸術家とその作品について」横尾忠則よりところどころ抜粋

美術界はあんまり大衆化されてしまった作家にはどうも冷たい。美術、あるいは美術家は聖なるものでそう簡単に俗なるレベルに受容されてはならぬという信仰がかなりあるみたいだ。

どうして生きているときと死んでから作家や作品の価値が変わらなければならないのかぼくにはよくわからない。生きているときに大衆の評価と同レベルで美術界が評価するのは沽券にかかわるとでも思っているのだろうか?美術界が高く評価するものと大衆が高く評価するものとは違う。しかし歴史的に見ると結果は大衆の評価が普遍的な評価になっていることが多いように思う。現在のように大衆情報社会の中では特にそうだ。

都合のいい時だけ一つに結び付けて、キャラクターを否定するついでに作品も無視するみたいなことは、大体大衆が考えることではなく、美術界が考えることだ。

「一点の傑作など大して重要ではない。それよりもその人間が何者であったということだ。」何を描くかではなく、どう生きたかが問題である。絵はたかだか絵でしかない。それなのにどう生きたかを美術界はどうしてもっと高く評価しないのかがそれこそ問題である。

個人的には岡本太郎とかとっても好きなのですが、美術界ではあまり認められていないらしいですね。(昔岡本太郎好きだって言ったときに「彼はたいしたこと無いよ、世界的には評価が低いからね」とか言われて、別に世界的な評価とかどーでもいいんですけど・・と、ちょっとムカッと来たことがありますw)

「芸術とは?」への6件の返信

僕は本職がミュージシャンなのですが(笑)最近(?)歌手やミュージシャンのことを「アーティスト」と言いますね。浜崎あゆみもZONEもTOKIOもアーティスト?アートかよ!と突っ込まずにいられません。(自分だったら恥ずかしいので「ミュージシャン」がいいです)
「俺の作品はアートだから」とか「俺の作品はアートじゃないから」と言う人はどちらもうそっぽいと感じてしまいます。

おおーシャチョー!!ご無沙汰であります。
なんか個人的にはね、アーティストってものが存在するのか?と言うこと自体に「?」だったりもするのです。
作ったものが「アート」足りえるものはわかるのですが、「アーティスト」とはこれ如何に?「アーティスト」の作り出すものは「アート」ということになるんですかね?
「芸術」の「芸」と「芸人」の「芸」って違いもいまいちよくわからないですw
でもまぁただの言葉だといえば言葉なんですけど、されども言葉ですからねえ・・・悩ましいです。

川崎市岡本太郎美術館がなかなかいいです(家の近くなので)。岡本太郎は著作物が好きです。
アートは受け手がいないと成り立たないので、実はそっちの人の方がアーティストなのかも知れません。

あ、そですね、うちも近いんです。しばらく行って無いですけど、また行きたい。
聴衆不在のアートってのが現実逃避のように思えてしまうときもあるんですよね。ただ人知れず心の赴くままに創作して、それが後の世に認められるってこともあると思うのですが、それを本人がアートだと思って作っているのか?というとそーじゃないような気もします。
よーわからんちんです。

芸術とは何か・・・なんでしょうか。似ているのが生きる事は何か・・・意味はないと思っています。それだけで美、そして、反対の美ではないでしょうか。芸術とは生きた結晶と今思いました。岡本太郎は確かに素晴らしい。ピカソなどはるかに超えて見える。あの色、あの線、岡本太郎が目の前に立って僕に強く何か訴えているような気持ちです。僕も負けまいと必死に訴えるのです。僕は20歳の美術家です。美術家と言っても金などもらえていない。それが現実です。そんなものよりもっと生きたい。本当の意味で!

>美術家と言っても金などもらえていない。それが現実です。そんなものよりもっと生きたい。
そうですね、そう思い続けられて進んでいければ素敵だと思います。がんばってください!ある意味通常の生活するというサイクルから外れることでしか突き詰められない道なのかもしれません・・。谷中安規などその典型ではないかと思います。
そういった意味で岡本太郎は環境的に恵まれていたと思います。(というか恵まれてなければ谷中安規のようになるしかないのが芸術家なのかもしれません)

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