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自らの内部、よって立つ根幹への本質的な批判のまなざし

こういうスタンスはないように心がけていることの一つ。
でもでもFlashでも、Photoでも同じだろう。
存在否定が存在動機だったり、動機じゃなかったり。

06 TDC展の会場での大日本ポ組合の作品が「面白い冗談」どころではない、無気味な「恐ろしさ」を示しているのは、そのありかたが、関係のない第三者、外部から向けられたリスクのない「お前はいらないよ」という発言ではないからだ。大日本タイポ組合は、様な種類の仕事の一部としてタイポグラフィーを扱っている、というではない。ユニット名通り、まさに文字ということを成立基盤の中核に据え、文字デザインそのもので現実的に生存している。その彼等が、自らの内部、よって立つ根幹に本質的な批判のまなざしを向けている、という事が、今回の出品作に決定的な批評性の高さを与えている。 06 TDC展で、彼等が明ら大賞作品始め他の受賞作を圧倒する凄みを獲得しているにも関わらず、そして06 TDC展自体がそのことをほぼ認めているにも関わらず無冠でわったのは当然だ。06 TDC展は、大日本タイポ組合にしたのだ。展示は今日まで。

Ref.2006-04-26 – paint/note

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