転載禁止と書いても大して意味はないし、転載されてもそれがソースなのか転載なのかは判別できない。じゃあなんで転載だめなのか?ということを突き詰めるとそれが自分の著作であることが分からなくなり、他人が自分の著作物で何がしかの利益を上げる、もしくはそれによって自分の利益が損なわれるということ。守ろうとするよりも、そのソースが転載されることが著作者の利益を拡大するようなフォーマットなりを考えたほうが早い。
口で言うのは簡単。
防犯の厳しい家を作って、火災にあって出るのに手間取り焼死みたいな。じゃあ守るべきものを持たなければよいという話になるのだが、そこは根源的な欲望の問題もありクリアするのは難しい。なんにせよ諸々のトラブルの原因は欲望。
ジョン・レノンがヨーコとイマジンを朗々と歌おうとも、その影には離婚した妻子がいるわけで。彼は運良くヨーコと出会うことができたが、そのために捨てたものがある。持たざる者もしくは、奪われた者、彼らにイマジンはどう聞こえているのか?そんなことを考える25時半。
駄文駄文駄文
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もうWebに関わるようになってずっと思っているのだけど、Webの利点のひとつの即時性を逆手に取った違う効果って何かに生かせないのだろうか?所謂夜中に書いた恋文を昼間に見たときの恥ずかしさみたいな。
実はそちらのほうが生々しい人の姿だったりとかするんじゃないかしらと。
近年のログ化した文章は、文章自体のもつ内容的な意味と、ログ視点からの意味と合わせて理解することでより人を形作っていってるわけで、そこの視点を変えることで新しい情報になっているわけで。底の時間軸を何か変えたときになんかみえてくるものがあるようなないような、モヤモヤっとした感じがある。
なんのオチもないけれどメモ。
非常に貴重な映像。
今回の地震の特徴として、地震発生時からの克明な写真と映像が民間の手により数多く記録されていること。携帯カメラの普及している日本での発生+日中の発生であったことに由来しているのだろう。
これらが今後の日本の発展に有効に使われることを願う。
アナウンサーの落ち着き
久米宏、古舘伊知郎とか苦手なのは同じような理由なのかも知れない。
震災発生後、子供だった私には、宮田アナウンサーが落ち着いて発する言葉がずっと頼みの綱であり、心の拠り所でした。
故郷の崩壊を延々と伝えられても、友人の名前が読み上げられても、まだ冷静にテレビ画面を見続けることができたのはこの方のお陰です。
本当に素晴らしい仕事されたと心から思います。
歳を取ってくるとNHKの良さが分かってくる。
王道が王道たる所以ということなのか?
Mr. Yamaoka
マタンゴー。
マタンゴー。
再放送だけれども、NHKの「スーパーバレーレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都」での吉田都の教え方が興味深い。
身体表現が言語領域を超えているという感じなのだろうか?
単純に言葉で説明が下手なだけなのか?
言葉での説明をやめ、体を動かしてみせたときの表現力の差が分かるだけに、言葉で説明できない何かの存在をありありと感じさせる。ただただすごいなと感じる。
スーパーレッスン|NHK
11月19日の芸術劇場は吉田都特集であります。
【放送内容】音楽 | 芸術劇場 | NHK教育 毎週金曜日 23時00分から25時15分
hay baling fun
via.saburicom
生きる権利、死ぬ権利
「生きる」権利と同様に「死ぬ」権利も自身の権利の様に考えると、「自殺」「安楽死」は権利の行使であると考えられる。
んが、そもそも「死ぬ」権利が自身の権利なのか?
宗教的には「罪」とされているものの、太古の昔からずっと議論されているお題。
遺伝子的?な視点では自然淘汰の一環として整理できそうだが、社会的な視点からは永遠に結論が出そうにない。そしてそれを考え続けることが人が人でいられるということなのかもしれない・・・。
Ref.
安楽死と尊厳死
「死ぬ権利、死なす権利、死ぬ義務」を考える
死ぬ権利
自分の枠の中で整理がつくように収めてしまいがちだけれども・・・。
小学生のときこのことを本で読んでとても怖かった。
結局なんだったのだろう?
再調査とかして欲しいなあ・・(ナイトスクープとか?)
