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サイト育て

サイトがアップされてすぐに「良いサイトですね」とか言われると「アホかいな?」と思ってしまう。グラビアアイドルみて「お~いいねぇ」と言ってるレベルの話にしか受け取れない。(そのサイトが見てくれだけを提供するサイトなら別にいいけど)
サイトはクライアントと制作サイドの間に生まれたであって、生まれてからが本当の勝負なわけであって、SEXしてる間や、おなかの中にいる間(制作中)は親の勝手な思い描きで色も膨らむだろうし、挫折することもない。
ただ、そこで与えられるのは遺伝子(段階に意図した要素)だけであり、それを埋め込まれた子供がそれから外的要因の影響を受けてどのように育っていくのか?周りの要因に対してリアクトして、元々の方向性をロストしない範囲でそれに対してどのように対応していくか?が大事ではないのかと思う。
なので子供を産んで「あ~~おわったぁぁ!」ではなく、そこから子育てという更なる難関がはじまるという感覚になる。
紙と違ってWEBは「可変しながらその場に連続して存在しうる」媒体であり、そういう意味からも「状況に応じて進化してく」ことが重要なキーであり、幾ら優れた遺伝子を受け継いだ子供でも幼少期の教育を誤れば親の望むような子供には育たない。
子供の場合はどこまで親の思い通りにするのか?というのは微妙なところであるが、サイトがクライアントの目的を達成できなければその存在価値はクライアントにとって意味がない。
ただ最近は予算的な問題からお父さんがすぐにいなくなって、母子家庭になっているサイトが多いからか、お母さんの思い込みだけで子供が育てられている場合が多いようだけど・・・
的、システム的に優れたサイトでも目的を達成できてないのであれば、それは親の夢は勝手なエゴであり、現実にその親が対応できていないことになる。
そこで親は自分の夢と現実の狭間でどう子供を躾ていくか?考えなくてはならない。
つまり大事なのは生まれるまでは両親のコミュニケーションであり、生まれてからはそれに世間を含めたコミュニケーションで、その結果にどのように対応するように躾ていくのか?だと思う。
サイトの場合は(スキル)は必要に応じて付加されるものであり、棒高跳びなどやる必要もないのに、棒高跳びの練習をする必要はない。ただ人の場合はその目的がアジリティに基づいて構成されることもあるが、それは人生の目的を自分で探さなくてはならないからというだけであり、サイトとはちょっと趣が異なる部分ではある。
結局人間も目が二重で、も高くて、モデル体系で、運動神経も良く、健康優良児であっても悪ければ人間としてどうかいな?ということになるだろう。逆にぶっさいくでもごっつ人気者ってのもあるだろう。
サイトも個別のパーツとか技術とかと別に「あーええ子やな」とか「なんかこいつ冷たいなあ」「あーしっかりしてはる」「こいつええかんじやな」とかそういう感覚がある。
強いて言えば今の日本の企業のサイトはみんなスーツを決めて「いらっしゃいませ、ご用件を伺います」と受付を通過しないと会えない人が多い、的には「毎度~~。なんかおさがしでっか~~?」と勝手にすりよってくるみたいな人が増えても良いのにとか思う。
そうやってサイトが段々と自我をもち、独り立ちできるようになってはじめて「良いサイト」と評されるんじゃないかしら?とおもったりしました。
ま、そこまでのサイトを作ったことがないから勝手なこといってますけどw
そういう仕事ができるように張らなくては・・・

「サイト育て」への3件の返信

良いサイトですね(逆撫)。
って、まだ、この「サイト育て」しか読んでいませんが…。
また、来ます。

アハ、アハ、アハ・・・(|| ゚Д゚)
口だけ番長にならないように頑張りますーー。
ま、ある意味自分への警告で、自分を追い込むというか・・・
そんな感じです

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