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写真論: スーザン・ソンタグ

の証明の道ではあるが、また経験を拒否する道でもある。写真になるものを探して経験を狭めたり、経験をや記念品に置き換えてしまうからである。旅行は写真を蓄積するための戦略となる。写真を撮るだけでも心が慰み、旅行のためにとかく心細くなりがちな気分を和らげてくれる。観光客は自分と、自分が出会う珍しいものの間にを置かざるをえないような気持ちになるものだ。どう反応してよいかわからず、彼らは写真を撮る。お陰で経験に格好がつく。立ち止り、写真を撮り、先へ進む。この方法はがむしゃらなの美徳に冒された国民である人と日本人と人にはとりわけ具合がよい。ふだん齷齪働いている人たちが休日で遊んでいるはずなのに、働いていないとどうもであるというのも、カメラを使えば落ち着くのである。彼らにはいまや労働をしく模倣したような手仕事ができた—–彼らは写真を撮れば良い。

イタタタタ・・・。

「写真」への4件の返信

これ、最近の旅行で実感しました。
撮りすぎだ自分・・・昔はもっと、五感全体で旅先を満喫していたのに・・・と、思っていたところ。
ちょっと、記録することが麻薬的です。
とはいえ、ただ今デジカメのWEBサイトを作っている真っ最中・・・
病気だこれは。w

オデは前々から薄々と感じていましたが、子供できてから切実に実感しましたw
最近は一眼をあまり持たず、コンデジでフットワークを軽くしています。(でも持ってるんですけどね・・汗)

吹き出しました(笑。
大学の時に読んだはずなのですが、今読むと図星過ぎてドキドキしました。

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