カテゴリー
2010

デスマ

仕事がバタバタしておりちょっとデスマーチ気味。昼、病院に行き、書類的な諸々の手続き。ワイフもヨロヨロ歩けるようになっていた。二人でマイソン2号に会いに新生児室へ。呼吸を補助する機器がやたらとアラートを出すのがとても心臓に悪い。
デスマーチと戦うために、早々に事務所に戻る。
戻ったところ気味は完全にデスマーチに成長していた。ドンドンドン!
夕方マイソンを保育園に迎えに行き、マイソンに事情を伝える。マイソンを預かってくれると言ってくれているお隣さんの家に泊まるか?とたずねたら「パパを一人ぼっちにしない!」とマイソンが言い張るので、家から毛布をもって二人で事務所へ。オリジン弁当でマイソンのご飯を購入。俺は食べたら寝てしまうので食べない。
マイソンは黙々と先日購入したDSのマリオブラウザーズをプレイ。しかしまぁ4歳なので何をするゲームなのか?何故死ぬのか?等よく分かっていない。なので、いつもならお手本を見せてくれと言ってくるのだが、今日は我慢しているのかお手本をおねだりしてこない。
時々「ぱぱ、お仕事大丈夫?」、「パパのお仕事は玩具がたくさんあってかっこいいよね」とか「パパのお仕事はたくさん本があってすごいね」と話しかけてくるぐらい。
いつもと違う環境でテンションが上がったのか、いつもより遅めの23時頃にマイソン就寝。事務所の床で毛布にくるまっているマイソンを横目に見ながら、「仕事とは何だ?」と考えたり、毛布から飛び出したマイソンを毛布に収めたりしつつ黙々デスマーチと奮闘。明け方6時前に保育園の準備の為にマイソンと毛布をもって帰宅。マイソンを風呂に入れ、食事をして、再び保育園へ。
昼前にデスマーチ終了。みんなお疲れ様。
しかしまだ企画書とかやらねばならぬことが山盛り。
マイソン2号の名前も考えねばならない。産まれるまで性別が全くわからなかったので、女の子の名前ばかり考えていた・・orz
100615.jpg
まだまだとても小さいです。

カテゴリー
2010

誕生!マイソン2号

_DSF8636-2.JPG
朝5時から散歩、自転車の練習、テレ朝テレビ。午後からワイフの見舞いを予定していたが、嫁の容態が急変したと病院から連絡。慌ててマイソンと一緒に病院へ。到着したもののワイフは処置室に入って面会謝絶。何をするでも、できるでもなく待合室でマイソンと二人ぼんやり待機。
しばらくして、見かねた看護師さんの計らいで処置室の控えの間のドアの狭間で面会。自動ドアにはさまれつつ、ベッドに横たわるワイフと会話。状況としては陣痛のような動きがありつつも、いつ産まれるのか?は結局なんとも言えないとのこと。マイソンのお泊りグッズを持っては来たものの、処置室内で監視を続けるとのことで、一旦帰宅することにする。別れ際「バイバイー!」と元気よく手を振りはしゃぐマイソン。しかし目に涙が溜まっている。助産師さんが放った「もうすぐママ帰れるからね」みたいな一言で号泣。「パパとママが一緒がいい」と泣いてしまった。
病院から駅に向かうタクシーで、泣いているマイソンをみて運転手さんが事情を聞いていたので説明したらトランクからコアラのマーチを出してマイソンにくれた。そして「おじさんのタクシーに乗ったらみんな元気になるから安心しな!」と励ましてくれた。
一度家に帰って夕飯の支度をしようかしらと思った頃に再び病院から電話。いよいよ!?みたいな状態らしい。急遽再びマイソンを連れて病院へとんぼ返り。しかし溝の口から南武線に乗ったところでワイフから「産まれた~」と電話。電波が悪くところどころ聞き取れなかったが、産まれた瞬間赤ちゃんは泣いていた。そのまま小児科に引き継がれ現在はNICUで処置中。そして性別は男。なんというか電車の中でこういう報告を聞くのがなにか居たたまれない気もしたが、母子共に現状生きていることにほっとする。
マイソンは以前から赤ちゃんは男の子だ!と力説していたが、見事に的中。
といっても50%の確率なのだけど(汗
病院に到着。しかしワイフも、マイソン2号もまだまだ処置中でしばらく会えないとのこと。病院内のコンビニで弁当を買い、暗くなったデイルームでマイソンと二人食事をして待つ。
1時間半後ぐらいして、ワイフが車椅子で運ばれてきた。喜ぶマイソン。監視室に移動してしばし家族の団欒。
21時ごろ子供についての小児科からの説明があるということで、一人NICUへ。消毒殺菌して、マスクを付けて入室。薄暗い室内には透明のトレイが並び、その間にずらずらと機器が乱立してピカピカ光っている。定期的な「ピ!ピ!」という音が乱れるたびに不安になる。
透明なプラスチックの箱の中にマイソン2号は横たわっていた。
鼻には呼吸器をつけ、口の中にはチューブが差し込まれ、胸には心電図のコネクタが取り付けられ、腕には体に不釣合いな大きさの点滴が取り付けてある。赤黒い顔で、目を閉じ、口から苦しそうに泡をブクブク吹き出している。
大きさはマイソンのときと比較して大きいのか小さいのかよく分からない。思い出せない。そんなに変わらないような気もするし、小さいような気もする。
担当医の方に説明を受ける。最初の検査では特に問題は無い。ただ予定日よりも2ヶ月近く早いので自力で呼吸は出来ない。食事も胃までチューブを入れて直接投入する。腕から心臓付近までカテーテルを入れて点滴などで補助する。1ヶ月ぐらいはNICUでこのような処置をする。とりあえず24時間乗り越えられるか?が目安といわれる。
触っていいですよといわれ、BOXの穴から手を差し込んで、マイソン2号の手を触ってみる。
小さい手がモロー反射で俺の指をぎゅっと握る。
破水し、転送先が見つからず途方にくれていたとき、病院のベッドで横たわる嫁のおなか越しに目の前で動いている君に、手を差し伸べることも出来ずただただ祈るしかなかったけれど、今は触ることが出来る。医学的なフォローが出来るわけではないけれど、お父さんがここに居るということだけでも指ごしに伝えることができる。ありがとう、がんばったなあと伝えられる。それすらも出来ないかもしれないと覚悟していたけれど、ここまでできるようになった。強欲だからこれぐらいでは満足しないけれどまず一歩。これから君が歩道程を出来るだけ見て行きたいと思う。
監視室に戻ると、マイソンが嫁のベッドにもぐりこんで一緒に寝ていた。
こんなに長期間母親と離れていたのは初めてだ。寂しかったのだと思う。彼もよくがんばった。ワイフも破水した不安定な状態で10日近く良くがんばった。家族みんなよくがんばったと思う。ありがとう。
時間もかなり遅くなったので、22時ごろにマイソンと二人病院を出る。病院の営業時間も終わっているのでタクシーも居ない。2回も長時間移動したマイソンは精神的にも体力的にもかなりクタクタで、それを抱きかかえタクシーを捜して街を徘徊。
しばらくしてタクシーをピックして乗り込む。タクシーの中でマイソンがまた「ママはいつ帰ってくるの?」と泣いた。一週間ぐらいで帰ってくるという話だったので、あと6回寝たら帰ってくると思うよと告げると安心して寝てしまった。これまではキチンと答えられなかったけれど、やっとキチンと答えることが出来た。
23時ごろに帰宅し、マイソンをベッドに運んで、色々と出生関係の書類を整理。仕事も溜まっていたのでワタワタしていたら朝になった。マイソンの食事と、保育園の準備をして、犬の散歩、そして洗濯。まだがんばれる。というか今がんばらないでどうするか?と気合を入れる。
最後になりますが、たくさんの方にご心配、励ましを頂きました。ありがとうございます。
サポートしてくれたみなさま、そして病院のみなさま。本当にありがとうございます。
いつかこの御恩を何かしらの形でお返しできるように精進したいと思います。

カテゴリー
2010

もだもだ日記 6/12

土曜日:
マイソンを保育園に預けて、溜まった仕事と、新規案件の打ち合わせ。
洗濯したり料理したり、時間と手が足りない。今こそコピーロボットの登場を切に願うのである。

カテゴリー
2010

もだもだ日記 6/11

母子家庭のお母さんのたくましさを実感している今日この頃。
朝5時から洗濯やら、掃除やら。午前中は渋谷で打ち合わせ。
そのまま嫁の病院へ色々届けに行って、事務所に戻ってあれやこれや作業。
19時に保育園に迎えに行って、帰宅して晩御飯を作る。作るといっても今日はレトルト・・・orz
近所の子供たちがお風呂に入った後で我が家に遊びに来てくれた。
マイソンも寂しいのがまぎれて助かる。
マイソンを寝かしつけて明け方まで諸々作業。1時間ほど寝ようかなと思ったらマイソンがおきてきたw
日常的にほぼ徹夜状態が続いている。もちっと効率的に色々やらないと俺が死にそうだ。
そろそろ梅雨である。
お洗濯が大変になる。
はーどっこい

カテゴリー
2010

男ふたり生活

6/3
ワイフ緊急入院ということでバタバタして寝れないまま、朝5時半からマイソンと自転車の練習、保育園送迎、入院グッズとドラクエとか暇つぶしグッズを購入して病院へ。ワイフの容態はこの先どうなるかよく分からないという状態。ただ破水しているので胎内に留められるのはせいぜい一週間程度、しかも羊水に若干血が混じってきているので、今週末が山場なんじゃないか?とのこと。もう何を言われても事前にできることは皆無なので、出てきたら全力で対応するっつー覚悟を決めるだけ。
昼前に事務所に戻り、ふにゃふにゃヨロヨロと作業。夕方TIAAの表彰式のため表参道に移動。spfさんと一緒に表彰され、ちょっとパーティに顔出して撤収してマイソンのお迎えへ。今日はとある飲み会が予定されていたのですが、我が家の都合により延期。すいません・・。
6/4
イースト菌を入れ忘れ膨らまなかった失敗パンを持ち、マイソンと二人保育園に行く途中の川で鯉に撒き餌。パンと一緒にiPhoneも投げてしまいiPhone没水。電光石火で川に手を突っ込み救出。バッテリーを急いで外そうと思いiPhoneを調べるも、そんなパッカリ開くような場所は無い。あぁ・・バッテリー外せないのね・・と遠い目になる。これはユルユルと漏電してコンデンサとか死んでいくのだろうな・・・涙
音がならなかったり、デバイスエラーが出たり、液晶が曇ったりと、瀕死の状態のアイホーン。
もうこのままお亡くなりになるのか?と思ったら、半日経過したぐらいからなんとなく復活。
とりあえずメインボタンの反応が悪い以外正常に動作しているっぽい。
昼から病院。病院が遠いのが大変である。ドアツゥードアで片道1時間である。
恐らく今後しばらく夫婦共々通うことになるのだろう・・。医療危機である。
6/5
マイソンは保育園に預かってもらって、ちょっと停滞していた作業をガリガリと。今日はお見舞いはおやすみ。高額医療費とかの請求をするために、子供の名前を早く決めておかねばならないらしい。実はまだ性別すらわかってないので、男女両方の名前を考えねばならぬのか・・・汗
6/6
今日は突然お母さんの居なくなったマイソンのケアということで、一日マイソンと一緒。といっても朝6時半から9時まではテレ朝の虜に。
ワイフの身に何かあったとき、マイソンを病院控え室で待機させるためDSのスーパーマリオを購入した。しかし4歳にちょっと難しいのか、俺ももうよく分からないので、近所の中学生の女の子にお手本を見せてもらう。そのうち3年生の女の子も自分のDSを持ってきたりで、ゲーム天国みたいになったので、久々にプレステ登場。クマうた、サルゲッチュ、パラッパラッパー、REZとかやってみる。
そのうちマイソンが自転車の練習をしに川に行きたいと言うことで、みんなで川までピクニック。ジュースを飲んで、オヤツを食べて、川で遊んで昼過ぎに帰宅。そのままマイソンと二人でお好み焼きを食べに行き、2年越しの念願の「ゴーヤ」一式を購入して帰宅。イソイソと土いじり開始。
手伝っていたマイソンの元に、近所の同い年の女の子が自転車に乗って登場。その瞬間マイソン手伝いなんてそっちのけで、自転車に飛び乗りその娘と一緒に走り去っていった。これがマイソンの人生始めてのラブドライブなのだろうか??早熟だな。男親は息子の異性交遊には頓着しません。
マイソンがデートに出かけ、一人ゴーヤのセッティングをしていると、遠くからこちらを見て大笑いしながら近づいてくる一団が・・。よく見ると半●ファミリー。色々差し入れを持ってきてくれた。ありがたい。で、なんかあれのあれを作るとのことで、ワンピースの原寸版の本を渡した。所謂「生きたい!」っつーやつだ。楽しみだ。なんかもらえたりするのかしら?わくわく。
6/7
黙々と仕事と家事と見舞いをこなす。大変だけどこれができるのは俺だけ。
お見舞いに行ったらワイフがマイソンに会いたくなって、ベットで涙していた。子供厳禁の産科にあって、ワイフの入っている部屋は特別に子供OKな部屋なのだそうだ。なんと!そういうことは早く言え!ということで急遽水曜日に休みをとってマイソンを連れて行くことにする。
6/8
急に幾つかの仕事がバタバタしたので、お見舞いはお休み。晩御飯が謎めいた仕上がりである。料理のブランクが長すぎた・・。今朝、嫁が入院前に頼んでいたCoopのデリバリーが大量に到着。これを俺に一体どうしろと言うのか・・・・汗 悩ましす。
マイソンはなんだかんだとあまりわがままを言わず、彼なりに気を使ってくれているっぽい。

カテゴリー
2010

ゴッドハンド

頭痛、首痛、肩こり、腰痛等々、なんだか体全体が痛さのオンパレード。っつー感じで、Twitterで呻いていたら、●蔵さんからとてもよい整体師さんを紹介していただいた。
結局これらの痛さの原因のひとつは歯痛だったのだけれども、首、肩、腰痛はもうそれとは別にこれまでの溜まりに溜まった疲労が原因だということで、中野まで出かける。
実は初中野。中野ブロードウェイとか有名なところには行かず、普通に目的地まで歩いて、目的地から帰ってきただけなのだけれども、とても素敵な街だった。これはなんかいいんじゃないか?東京で住みたいなと思う街なんて皆無だったのだけど、中野は良いかも。
街全体にただよう雑然さと、ちょっとタイムスリップした懐かしい感じ。商店街も狭くて人が多いのだけど、急いて無い。神社の境内でタバコをすってる中学生3人組が、街のおっさんに起こられてタバコを没収されている場面に出くわした。これまたなんかノスタルジックな・・・。ここは日光江戸村かぃ?
ということで診療所に到着。表向きには全然看板とか出していない。普通のマンションのドアである。何も知らなければここが接骨院であると言うことは十中八九予想できない。会員制の秘密接骨院のような趣き。診察台に横になり治療開始。なんだか勝手にバキバキ!みたいな施術を想像していたのだけど、そんなことは全然無く、なでるように触りながら骨のズレを矯正とかしてもらった。というか逆にこんなやり方でずれたものが治るのかしら?とちと不安。しかし治療が終わって立ち上がった時、腰痛は消え、しかも背が伸びとる。これがゴッドハンドかぁ?!
そういえば、
「もう40後半の体です」
「体格は良いのに筋肉が無い」
「もっと運動してください」
「左肩が外れかけです」
と言われました。
しばらく定期的に通ってみようかしらと思います。
そしてもう少し中野にも詳しくなる。

カテゴリー
2010

イタイのコワイ

先日の続き
ワイフも不調で寝たきりで、マイソンは先週末から体調を崩して、発熱を一日置きに繰り返す今日この頃。唯一老衰以外には特に健康上の問題の無い私。なんだか健康ですいませんみたいな罪悪感を感じつつも、まぁ仕事に家事にと奮闘チウ。そこに襲いかかる謎の頭痛(歯痛?)。歯医者に原因不明と追い返されて絶体絶命という状態。
歯医者に行った日の夜、朝3時ぐらい。
痛い。頭痛い。昨日より痛い。超痛い。
動物園の白熊のうように家の中を右へ左へとウロウロしながら「ヴァーー!」とか叫んでいる。とりあえず熱のマイソンとかも目覚めてしまったので、やかましい病院は事務所へ移動。事務所の中を「ヴァー」と叫びながら右往左往。Twitterに書いたら
・肩こり説
・蓄膿症説
・歯医者セカンドオピニオン案
とアドバイスを頂いた。
蓄膿症はノミで副鼻腔の骨を削るとかの情報を見て、とりあえず一番最後の砦に設定。肩こり説はし●ぞうさんから整体師さんを紹介して頂いた。ということで、とりあえずもう一度別の歯医者に行ってみることにして、朝イチ、予約なしで突撃。運良くすぐに治療してもらえた。
レントゲンを撮影した結果、治療した歯の神経が内部で死んでおり、炎症をおこして、ガスが溜まって他の神経を圧迫しているとのことでとりあえずすぐに神経を抜いた。
抜き出した神経の死後経過日数は不明だが、素人でも分かるぐらいの新鮮じゃない色だった。沢庵が腐ったようなそんな色をした栄養不良のかいわれ大根はポィと捨てられた。
今まで頭の中で延々と反射を繰り返していた頭痛は嘘のようにすっと抜けていった。
しかし神経系の痛みは耐え難い痛みである。これに比べれば腕が逆に曲がって脱臼している痛みなんてたいしたことはない。しかし出産の痛みは半端ないというのでこれよりも痛いのかと考えるとそれだけでブルーになる。マイソンには虫歯になって欲しくないものである。

カテゴリー
2010

OB会

土曜日、マイソンの遠足から戻ってから部活のOB会なるものに初めて参加しました。
大学を卒業してからもう15年近く経つけれど、同期の連中とはメールのやり取りもあるし、ちょくちょく会っているのであれですが、面識のない先輩、後輩と会うのは初めて。
広島大学は大体関西方面への就職が多いようで、同期は20人ぐらいにも関わらず、東京には自分を含めて2人しか居ない。ということで、今回のOB会も30人ぐらいのこぢんまりとしたOB会でした。
等しく同じ時間を過ごしているにも関わらず、アメフト一色で生きていたあの頃に持っていた情熱を未だに持ち続け活動している先輩も居たりして、その先輩の話しを聞いていると、部室のすえた臭いや、口の中でざらつく砂の味やなんかを思い出して、少しメランコリックな感じになったり・・・。(まぁ基本陽気ですけど)
2次会は先輩(自分が4年の時のキャプテン)が五反田に開店したお好み焼きのお店へ。
お好み焼き・鉄板居食 広島屋
お好み焼き・鉄板居食 広島屋 – 五反田/お好み焼き、ダイニングバー [食べログ/公式]
先輩の話しを聞いていたのでお好み焼きを食べれ無かったりしたのですが、今度落ち着いた状態でお邪魔したいと思います。
このブログを見たとか言っても何かサービスがあるわけでありませんけど、ご興味のある方は是非に!

カテゴリー
2010

焼肉

某案件の打ち上げで翠苑へ。贅沢な肉を違和感の漂うヘアスタイルのおっさん店員に見つめられながら堪能させていただきました。
しかしなんというか1週間のうちに2回も酒を飲んだ。
社会人というのはこういう事なのか?と実感した。
というかその件に関してこのブログでまったく触れていないことに気づいた・・・(汗 何事もなかったかのようにフツーのエントリーが続いているじゃないか・・・。今更書くのも・・と思いつつも、全然書かないのもあれな感じ。というかブログのネタにするほどの事じゃないのか?>自分。まぁなんか怒涛の忙しさに忙殺されてそんなん書く暇ないんじゃぁー!!!とか苦しい言い訳をしてみる。
いや、書きます。多分。きちんと・・。
今月中ぐらい目指して・・。

カテゴリー
2010

殺させられる

珍しい夢を見た。人を殺させられる夢。
人に殺される夢は定期的に見るのだが、殺させられるという夢は初めてだ(記憶にある範囲で)。
シチュエーションは学校とホテルの混ざったような建物。高校、大学の友人たちのミックスでそこで日常生活or合宿のようなシチュエーション。人を殺さざるを得ない状態に追い込まれ、不可抗力的に衆人監視の中、相手を殺す。飛び散った血とか死体とか黒子が出てきて処理してくれ、再び通常の生活。
誰も仲間の死について口にするものはない。
殺さざるを得ない状態に仕向けられたことを全員理解しつつも、
「あいつを殺したのはあいつだ」
「次に殺されるのは誰か?」
「次に殺させられるのは誰か?」
全員がそんなことを思っている空間。
あぁ朝から気持ちが悪い。