
以前エントリーした荒川修作氏のapeirophobia: 養老天命反転地の住宅版が三鷹にあるということで 建物見学会へ半澤家と行ってきました。
各部屋がプレキャスト製のユニットで構成、建物中心を取り巻く星上に配置されている。その各ユニットを各階、縦につなげたものを建物全体の構造として用いている。(平面構造はサイトに簡単なものが掲載されているのでそちらを参照) 部屋に入って最初に驚くのが、床が平面じゃないこと。荒い土壁みたいな材質で、不規則に凸凹している。小さな風紋のような感じ。また外観からみえる球体のユニットは、中に入っても完全球体(床も球面)だった。

説明を聞くと、床の風紋のようなものは大人と子供の土踏まずの大きさに合わせた凹凸で、知らず知らずのうちに床の凹凸に自分の土踏まずに合わせて歩くようになっている。また配色は視界の中に常に6色(以上?)が入ってくるように、また部屋の床と天井はそれぞれ上下5度の傾斜が付けられており、視覚的な遠近感が少しおかしくなるように設定されている。など。視覚に依存しがちな我々の日常生活を体感的な部分で微調整するような意思をもって設計されているっぽい。
見学した部屋は2LDKだったのですが、一部屋寝室として一般的な和室が存在しており、最初はそこが落ち着いたのだけど、しばらくするとその部屋が物足りなく感じてくるという不思議な現象が・・・。
マイソンもソラもこの不思議な空間が楽しいのか延々と遊びまくり。大人としては今ある家の家財道具をどこに配置するんだ?みたいな心配をするでしょうが、まぁ子供は遊園地みたいで楽しかろう。
実験的なアート表現ではなく、実際賃貸として運営されており、住んでいる人もいるというのがすばらしい。(この見学会もそもそもは入居者説明会?) ここに一年ぐらい住んだら自分の感覚がどんな風に変わるのだろうか・・・?ちょっと興味ありますが、まぁ多分オレは性格的にここには住めないだろう。
ちなみに施工は天下の竹中工務店。
見学会を終え、お昼は調布飛行場の近くにある飛行機の見れるプロペラカフェで。
プロペラカフェ
マイソンは飛行機見て興奮気味。落ち着きがまったくない。飛行機のおもちゃを一つばかりお土産に買ったらブーンブーン遊びまくっておりました。

その後飛行場横の公園でしばらく遊ぶ。

飛行機の形をした大きなジャングルジムのような遊具があり、結構な高さ(オレの背よりも高い)なのだけど、平気でそれに登って遊んでいるのを見て、ちょっと感動したというかびびった。久しぶりにあったソラ姉ちゃんとマイソンは二人でチョウチョを追いかけて走り回ったりと楽しそうでした。
その後溝の口に戻り、嫁さんが晩御飯の食材を買いに行っている間、駅前でライブをやっていたヒップホップのグループをマイソンと見学。かなり上手。グループ名はWHITEJAM。マイソンはグループのお姉さんに飴ちゃんを貰ったりしてご機嫌。演奏を聴いていると途中で警察登場。申請をしてなかったのか途中で中止。残念。マイソンがCDほしいというので、CDを購入。マイソンがそのグループのお姉さんに飴をあげたいと言って、お姉さんの前まで行ったのだけど、直前で恥ずかしくなって戻ってきた。段々とそういう感覚が身につきつつあるようだ。
ということで久しぶりに一日遊んだ。
で、ちょっと寝て27時ごろから仕事復帰。未だにSecurityDoaminでウニャウニャ悪戦苦闘している。
カテゴリー: Art

今日はボスたちから「どーしてもお前に見せたいものがある」と言われ、上野へ。
ついたところは民謡酒場浅草追分。初めての民謡、三味線体験。
CDとかで聴くのと全然違う迫力。ビシビシ届いてくる音圧の迫力。その音圧の中に浸っていると、民謡を歌い続けてきたこれまでの日本人の魂に包まれているような、そんな感じ。あぁ日本。ただただ素晴らしすぎる。
色々な大会の受賞者が揃っているから演奏のレベルも普通よりも高いのだろうけど、もう4重奏とかのシンクロ率とかが鳥肌モノ。
また驚くのがその演奏者が店員として料理を出したり、シモネタ民謡のお笑いあり、生三味線バックの民謡カラオケありと、これが大衆芸能か!?と・・・。アート志向と一線を画した、非常に泥臭いスタンスに、大衆芸能の心意気を見た気がした。
お客さんとして九重親方が登場してから、演奏は更にヒートアップ。まさに圧巻の一言。
本当に良いものを見た。これは実際見ないと分からない。
是非一度行ってみてもらいたい。(つい最近テレビでも紹介されたらしい)
実は密かに今年三味線を習いに行こうかしら?と思っていたりしたので、内心「これは何かの天恵か?!」とか思い、お店の人に聞いたら三味線は70万とかするらしい。安くても15万といわれた。ちょっとその値段は無理なので、ヤフオクで探してみようと思う。あんなふうに魂を突き動かすような演奏がいつか自分でも出来たら素敵だなと思った。
その後行った四谷のお店もプロだった。
本当にすごかった。ちょっと引いてしまったけど、プロだった。
こんな素敵な体験をさせてくださった、ボス2人。
本当にありがとうございました。
今年の目標、「外に出る」は間違ってなかった。
もっと外に出る。
ケラリーノ・サンドロヴィッチblog 「日々是嫌日」:順番待ち。(http://blog.livedoor.jp/keralino/archives/65029310.html)
舞台制作サイドの視点ではあるけれど、
アートが投資対象になった時点で言われていることにも似ている。
分かり易いところだと映画のゴダール、お笑いの松本人志・・・?
そしてwebでも最近増えてきてる気がする。
何故良いと感じるのか?
「***さんが作ったから」
盲目的なカルト信仰じみた関係。
ファン心理と言ってよいのか分からないけれど、最初がよければ終わりも良いのだという考え方。
根拠の薄い全幅の信頼。つまり自らの思考を停止させた状態での依存。
それが良いことか悪いことかとかには興味ないし、斯くあるべしという主張もない。ブランディング的に見れば、ユーザから信頼を勝ち取った後、思考を奪い隷属させるのは理想に近いだろう。ただ自分が制作の仕事を一緒するときにそういう視点の人と絡むのはできればご遠慮したいと感じる。
この手の視点の人たちで手に負えないのは、批判に対しての根拠の無い反論。
ここはカルト的な部分なのだけど、批判の「内容」ではなく「行為」対し反応してくる。
反論というより復讐に近い。魔女狩り的な臭いを感じる。
少し話はずれるが、有名人からサインを貰うという行為も理解が難しい。貰ったサインはその後どうするのだろうか?(昔S頭さんがS蔵さんにキッチンペーパーにサインを書いて貰っているときにこれをどうするつもりなのか?と激しく疑問に思った)そしてそのサインは自分にとってどういう意味を持つのだろうか??貰う行為が「私はあなたの下僕です」という契約に相当するのか?それとも有名人をみたらお約束としての行為なのか??・・・他にも色々思いつくがどれも的を得ていないような気がする。
と言ってもオデもジャイアント馬場さん(タオルを買ったらサービスでサインを付けてくれた)とアニマル浜口さん(Unoのサイトでゲームで遊んでいたら強くなって貰えた)のサインをもっていますけれど・・・。
LAND OF MAN / 田尾沙織
以前お仕事でご一緒させていただいた田尾さんの個展。
行ってきました、代官山(昨日行ったら休館日だった(;゚Д゚))
本当はオープニングパーチーに行きたかったのだけど、子供が熱を出して行けませんでした。
その後も雨が降ったりとなかなか行く機会が無く、ギリギリになってしまいました。
駅は代官山、会場はgood design companyのギャラリー。
初めて行ったんですが、そうそうたる建物。ド━(゚Д゚)━ ン !!!。
デザイン会社であんな豪勢な場所が借りれるのですね。
もう高津の対極に位置づけられるであろうオフィス。(中は見てないですが)
で、写真です。
・:*:・(*´∀`*)ウットリ・:*:・
みんな浄化されて塩になってしまえばいいんです。
微かな残像だけ光の中に残しておけば誰も傷つけず、傷つくことも無い。
夢にしろ未来にしろ、思い描いているときが幸せで、
リアルになる前に死んでしまえばその時のまま永遠に停止できるかもしれない。
そんなちょっと危ないことを感じさせる写真たちでした。
何でしょう、自分が過去にやったかもしれないとんでもない過ちを思い出しそうになる・・
そんな危険な感覚です。
風化したリアルなのか、レンズの視線ではないアングルから覗かせるのか、
田尾さんの写真の雰囲気はとても説明が難しい。
撮りたいと思っても自分にはどーやっても撮れない写真なのだと思う。
表装的な話では写真にアクリルが圧着されている感じで展示されていました。
それがまた乾いているのに潤っている感じで不思議な取れたて新鮮真空パックみたいでした。
アレいいなぁって思ったんですが、どういう技法なのかさっぱりわからない。
作品購入できるって書いてあったけど、多分とっても高額なので、
小心者の私は値段も聞けずに静々と会場を後にいたしました。
いつか田尾さんの写真をおうちに飾れるような身分になりたいと思います。
ということでがんばる目標の一つにセット。ピコーン。
昼食を食べてなかったのでとってもおなかがすいていたのだけど、
代官山で一人でご飯を食べる勇気も気概も無いので、
溝の口まで戻って駅構内の立ち食いうどん屋さんでうどんを食べました。
今日も敗北感満載の36歳まであと3ヶ月のおとめ座男子。
ちなみに展覧会は6月6日(水)までです。
多分今日ですねw
ダッシュだ!ピコーン!
ashes and snow

美しいと思うのは、叶わぬ夢だと思っているからかもしれない。
悲しいと思うのは、叶わぬ夢だと思っているからかもしれない。
生き物の関係における必然的な「死」や「食物連鎖」があざとく除去されていたとしても、
その美しさはそれを理想だと思い込ませる強さを持っている。
それを美しいと感じたことに対して感じる罪悪感。
夢の美しさ、目覚めの喪失感に似ているのかもしれない。
2007/2/15 俺w
閑話休題・・・。
1年前にこのブログで“ashes and snow”について書きました。そのときはサンタモニカで開催中だったのですが、日本はもう終了したんじゃないか?ということでちと凹んでおりました。
先日高津組でヒルズに行ったときにポスターを見て、ニッシーと「これはあの作者かしら?」と話していたのですが、「もー日本は終わったって行ってたから、別の人じゃない?」とか適当に答えていました。んだどもアレからもやっぱ気になっていて今日打ち合わせの合間の時間に見に行ってきました。
ビンゴーー!!この人でした。(ごめんニッシー)
今までサイトを見ても作者の名前が良く分からなかったんだけど、グレゴリー・コルベールという人だそうです。現在六本木ヒルズで行われているのは『animal totems: a prelude to ashes and snow』というタイトルなのですが、実は3/11からお台場に美術館(ノマディック美術館)を建て(設計は坂茂)、そこで100点を超える本格的な展示をするにあたってのプレ展覧会とのことでした。(詳しくはこちらね)
キャーーー!!
絶対に行く!!
まぁ作品としてどうか?と言われると「偽善的」、「作為的」、「安直だ」等と感じる人も多いように思います、まぁ冷静に見ると私もそう思います。んが、オデはロマンチストなのです、だからこの作品はたまらないのです。泣けちゃうのです。馬鹿だから・・・w
思わず今回の展覧会のカタログ(1万6千円涙)、およびDVD(ナレーションは渡辺謙?)(6000円ぐらい涙)を衝動的に買ってしまった。いや、もうこれは嫁と息子に見せないといけないと発作的に思ってしまった。そしたらお台場の展覧会の招待券を頂きました。
わーーい!!
絶対に行く!
a woman from inside out
a woman from inside out
遠くから近く、近くから遠くというのはあるけど、
中から外ってのを手書きでやっているのが
なんか非常に考えさせられました。
CGとかなら簡単にできるのかもしれないけど、手書きという無駄さ加減がアートなの?