I took a day trip to Minakami Onsen.
Previously it would have flourished, but now it was lonely mountain towns.
Abandoned hotels r very fascinating to me.I like grace,dignity and decadence on deterioration with age…






カテゴリー: Travel
高校の陸上時代の恩師が定年になられたということで、広島まで行ってきた。
陸上部の同期はちょくちょく会っているが、それでも5年ぶりぐらい。
先生、先輩、後輩に至っては22年ぶりである。
高校時代の面影のままの人、まったくもって誰だか分からない人。
時の流れを感じたり感じなかったり。
幸いみんな元気にやっているようでよかった。
22年前の高校時代の先生の歳を、今の自分は追い越しているにもかかわらず、やはり先生の前にたつと、先生と生徒なのである。当時にタイムスリップしたような、ただ若干何か違うような。不思議な感じ。
先生は当時と変わらず元気いっぱいだった。ほんの少し小さくなったように感じたけれども・・・
一泊の強行軍だったけれど、行ってよかった。
そして相変わらず、お前は何なんだ?とみんなに言われた。
とりあえず懸賞生活で生きてます。と言っておいた。
そういえば先生はオリンピックに選手を送り出したらその髭を剃ると言っていたのだけど、為末がオリンピックに出た今でも髭は健在だった。その当時には剃ったのだろうか?
ちょっと見てみたかった。
まだ陸上の世界に関わっていくということで、これからもたくさんの選手を世界に送り出してほしい。
末永くお元気で。

遅い夏休み的に家族で九州・熊本へ
初日
朝5時起き。子供が二人もいると予想外アクシデントを考慮してかなり時間は前倒し。
東京モノレールの中から日の出を拝みつつ移動。10時に熊本到着。
レンタカーを借り草千里、阿蘇火口、阿蘇大観峰などを巡回しつつ、街道沿いの廃墟施設・店舗をチラチラと。このへんはまた別エントリーへ。さて、東京では激減したバイカーだが、九州はまだまだ大量に存在している。駐禁も厳しくないのかもしれない。草千里のあたりでは100台近くのハーレーの集団に遭遇した。老いも若きも混在した集団でとても楽しそうだった。やっぱバイクはイイ。走ることでしか自立できないその姿にカタルシスでも感じているのかしらんけど。大観峰では頂上の絶景の中パラグライダーに遭遇。パラグライダーって落ちて行くだけだと思っていたのですが、そこではその場所でフワフワと上がったり下がったり強風の中自由自在に好きなところに移動していました。ある程度の強風が必要なのかもしれないけれど、とても楽しそうだった。段々と夕方になってきたので黒川温泉に移動して宿にチェックイン。この日の宿は南城苑。友人からは別の旅館をススメられていたが、既に満員で・・という経緯で選んだ宿でしたが、結果として夫婦揃って大満足でありました。もう従業員の方の対応が素晴らしかった。控えめでありつつ、足りぬところも無く、必要なときにはそっと手をさしのべるといった、接客の鏡とはこのことか?!と・・・。
温泉街を散歩したり、足湯に使ったり、色々なお風呂に入ったりで終了。
毎年恒例の慰安旅行。
今年は長野の渋温泉。
先日長野に移住したワタル先生と長野駅で合流して、善光寺観光。
そばを食べに行った店で、UNIQLO CALENDAR撮影チームと遭遇。
最近日本のどこに行っても、仕事の知り合いに会うのだけど、これはとても奇妙だ。ドッペルゲンガーの一種だろうか?(違)

夕方前に渋温泉に移動。個人的には2回目の渋温泉ですが、この街は「温泉街」って感じの佇まいでとても良い。9つの外湯めぐりに燃えるも、年寄りのオデは5個ぐらいでダウン。若者は1つを残して8個制覇。若いって素晴らしい。食事をして、部屋でこたつに入りながらダラダラテレビを見ながら酒を飲み、時々湯に入る。怠惰の極み。


雀士問題でひとしきり盛り上がった後、DMM談義になり、26時頃就寝。
2日目:
朝7時頃に起床。
少し雪がふったらしく、うっすらと街は雪化粧。
神社にお参りしたり、散歩したりしている間に雪が降り始める。
昼ごろ駅へ移動したときには完全に吹雪。
途中で我が家は帰省のために電車を下車。
まったりとした良い慰安旅行でした。


こちらに来てからマイソンがひっきりなしに散歩に行きたがる。
実家の周りが物珍しいのと、緑が多くトカゲやら虫やらが多く居るからだと思うが、散歩から家に帰るや否や、「散歩に行く~!」と叫ぶ。午前中だけで4回も散歩した。
よく釣りに行っていた漁港に散歩に行ったら、埋め立てられてプレジャーボートのマリーナに変化していた。まったく地理がわからなくなり、結局海まで到達できず帰宅。15年と言う時の流れを実感した。

昼過ぎまで散歩したり、母親が出来ずにいた力仕事を片付けたりして、15時ごろに実家を出る。
広島駅の近くに「ひろしまお好み物語」とかいうお好み村の様なものができていたので、お好み焼き食べ収め。「たむちゃん」という店で「にんにくスペシャル」みたいなのを頼んだら、生+ペースト+乾燥の強烈なニンニク盛り合わせで、口が臭くなってしまった。嫁の頼んだ「とろとろ卵の半熟焼」というお好み焼きの方がおいしそうだった。

帰りの新幹線では通路向かいに座っていた女の子ファミリーと遊んでもらった。
ただマイソンは体格から想定される年齢が高いため、女の子も戸惑っていた。(5歳の女の子よりマイソンのほうがでかいが、知能は3歳) まぁそれでも女の子の協力もあり、最後は上手に遊べたかな・・?
帰宅して色々雑事処理していたら27時過ぎ。
明日から日常業務へ。
山口、SL、セミトラ
SLやまぐち号とYCAMのセミトラ展を見に山口へ。
やまぐち号のチケットはネット上では完売していたが、現地で湯田温泉まで(新山口から1駅だけど)のチケットゲット。津和野で発車するのを見たことはあるが、乗るのは初めて。
客車は車両毎に大正、明治、昭和風とテーマが異なっている。我々が乗ったのは大正風。シートがベロア風である。(明治は革張りだった)
ある程度予想はしていたのだが、実際乗ってしまうと、あとは普通の電車と大差ない。車外を煙が流れているぐらいである。明らかに外から見ているほうが正解である。何か乗っているほうにも「蒸気機関車に乗っている感」を感じられるような仕組みがないと、ちょっと残念な気持ちになるかもしれない。
湯田温泉で下車。SLを見送った後、タクシーでYCAMへ。
タクシーでYCAMと伝えても全然分かって貰えず、色々調べてもらう。
結局「ああ、図書館かぁ?」みたいな感じで到着。
YCAMという名称はあまり地元では認識されていないっぽい。
展覧会は広いスペースを贅沢に使って展示されており、朝一で混雑もしておらず、ゆったりと堪能できた。(セミトラ展に関しては他のブログなどで色々紹介されているので詳しくはそちらを参照してください。)
マイソンはターンテーブルが気に入ったのかひたすら回してフォントを動かして遊んでいた。(後でターンテーブルを動かして英語を動かしていたことを得意気に説明していたが、ターンテーブルをフォントを動かす道具として理解してしまったかもしれない)
嫁もいたく気に入ったようで、しきりと感心していた。
観覧後YCAM内で食事をしていてセミトラさんにバッタリ。
挨拶をして温泉街へ。

「湯の森」という温泉センターみたいなところへ。
マイソンが風呂で暴れるのを止めるので手一杯で、あまり温泉を堪能できなかった。
新幹線で広島に戻り、市内を少し散策した後で実家まで広電(路面電車)で戻る。
久しぶりに市内で路面電車に乗った気がする。なんだかとても遅く感じ、その遅さが実家で一人暮らす年老いた母を想起させて少しブルーになった。
夕食は近所のお好み焼きやさんにみんなで出かけてお好み焼き。肉玉ダブルを頼んだのだが、ダブルにしたからか、そばの仕上がりがあまり芳しくなく、ちょっと残念な感じだった。


朝、マイソンと二人で近所を散歩。自分の通っていた小学校とか行ってみた。
建物にはあまり変化が無かったが、セキュリティがとても厳しくなっていた。
昼、母も含め、全員で宮島へ。
宮島口の「うえの」で昼食に穴子丼を食べようと計画していたが、店の前に大行列、2時間待ちということで断念。ちなみに「うえの」の隣は高校時代の友人の家で、元々もみじ饅頭屋をやっていたが、いつの間にか穴子丼屋になっていた。そちらもかなり待つ感じになっていたので、島外での食事はあきらめて島へ渡る。

2年ぶりの宮島は驚くほどの人で賑わっていた。休日に来たことが無いからか、こんなに人のいる宮島は初めてみる。人、人、人で、風情も何もあったものじゃない。島内の食事処も人間オーバーフローで軒並み行列。比較的列の少ない店に1時間近く並んで穴子丼を食す。しかしあまりおいしくなかった・・・汗
厳島神社の入り口も人の山。境内も人でギュウギュウしていたので参拝は断念。気持ちを切り替えてロープウェイで弥山へ行くことにする。しかーしロープウェイも40分待ち。1段目まで登るも、2段目乗り口も行列で、営業時間内にロープウェイで下山できなさそうな雰囲気だったのでそのままロープウェイで下山・・。サルに会うのを楽しみにしていたマイソン、ごめんなさい。

帰りに屋台で射的をしたのだけど、店員は小学生の女の子が二人。
一人は大人顔負けで店を切り盛りし、もう一人は床に寝転んで漫画を読んでいた。
戦後まもなくの屋台とかこんな感じだったのだろうか?シュールだった。
不完全燃焼な宮島だった。入島制限とかしないと、初めて来た人はかなり悪い印象持ってしまうんじゃないかしら?と思うほど人だらけで殺伐としていた・・・。
帰りの電車の駅構内で、東京のクライアントにバッタリ。あまりに予想外の出来事にしばらくトリップしてしまったw 地元の知人に会わないのに、東京の知人にココで出会うとは・・・。業界が狭いのは知っているが、世の中も狭いのか?
夕食は敬老の日ということで、母の希望の近所のフランス料理店へ。
料理もおいしく、お店の人も親切で良かった。

家族で広島へ。夕方に実家に到着。マイソンと近所を散歩。
久しぶりに歩く故郷は色々と変わっていて、通りに若者の姿はあまり無く、街全体に活気が無くなった気がした。
たまたま連休中のそういう時間帯だったのかもしれないし、東京に住んで感覚が麻痺しているのかもしれないが、ベットタウンとして発展した町だから、住民の団塊による町年齢のような傾向は出てくるのかもしれない。
テナント募集の張り紙は東京と同じくあちらこちらに見受けられたけれど・・・。

2日目。
朝5時ごろ、クマ太と二人砂浜を散歩。波が結構強い。サーフィンには良い波だと思ったが、サーファーは一人も居なかった。岩場とかなのだろうか? 一度戻って今度はみんなで散歩。

先日湘南で海に惨敗したマイソンはやはり波の音が怖いらしく、一番海から離れた防波堤ギリギリを歩いている。干潮で出現した岩場まで抱いて連れて行って、ここにカニとかお魚が居るよと言ったらやっとこ自分でトコトコ歩き始めた。で、みんなで岩場で観察開始。ヤドカリ、カニ、魚、イソギンチャク、ウニなどを見つけて盛り上がる。
その後朝食を食べて、全員で海水浴場へ。
岩場の観察時にはなんとか平気だったマイソン。泳ぐ段になるとやはり波の音が怖いらしく、海に近づかない。周りで同じような年頃の子供が遊んでいても駄目。オレかワイフが海に入ろうものなら、「ギャーー!」と地団駄を踏んで泣き叫ぶ。どうもうちらが波に連れて行かれるのを心配しているらしい。

ガムを買ってあげるからといって、抱き上げて海に連れて行くも、全身硬直。足が海に使った瞬間絶叫。もう泡を吹いて倒れそうな叫び方をするので、止む無く退避。代わりにくま太に救命具を付けて海へ。クマ太は結構平気で泳いでいた。んが、まぁ手を離した瞬間岸に向かって一直線ってな感じだったけど・・・。
あまりにマイソンが海が嫌いというので、昼前に海から撤退。ペンションまで帰る途中で、同宿の人から「かわいそうなぐらい泣いてましたねえ・・」といわれた。まぁ海水浴場に居た人みんなが虐待なんじゃないかと思うぐらい泣いていたからなぁあ・・・。いつの日か一緒に海で泳げるようになることを祈ります。
昼食は近所の寿司屋さん。おいしいのかおいしくないのか良く分からず(汗
金目鯛の炙り寿司はまぁおいしかったかな?
その後お土産を買って、再びアクアラインへ。30分待ちだったけど、海ほたるに立ち寄ってみる。お犬様も同伴でみんなでちょっとブレイク。マイソンは望遠鏡で船をみてご満悦。お犬様はもう勘弁してくれみたいな感じでぐったり。
一度家に帰り、夕食にびっくりドンキーへ。初めてのびっくりドンキーはボリュームありすぎて引いた。あれは20代以下対象の店だ・・・。アラフォーにはしんどかった。
家に帰って家族みんなでバタンQ。
レジャーも体力消費が激しいです。
アラフォーですから。


