こゆのってやっぱ3Dなのかしら?
とても好きなんだけど。
月: 2008年5月
東プレ NG01B0 REALFORCE91UBK
キーボードを買いました。
これまで使ってきたMD-01がOEMなので在庫が安定しないのと、PS/2接続なのと、新しいマシンが何故か初期起動時にキーボードを認識しないために毎回2回起動しないといけない時間がもったいないので、NG01B0を買ってみた。(apeirophobia: キーボード 東プレ MD-01の一般販売キボンヌ)
で先ほど届いたのですが、キーボード自体の重量が半端なく重厚。1.2kgもある。マットブラックの質感+刻印も日本語なしの控えめのブラウンでかっちょいい。ちょい悪オヤジのキーボードってところでしょうか?
しかし予想していたよりもキーの高さが高い。MD-01の4倍ぐらいの高さ。後キー配列がMD-01の独特のキー配列に慣れてしまっていて、まだ使いにくい感じ。なんつーかキーの高さにかなり違和感あって、ちと先行き不安な状態。(ブラインドタッチが出来ない・・汗)
先ほどワタル先生がAURORA Micro(KB006U-B) を教えてくれたこちらにすぐに乗り換えるかも・・汗(しかし”各種アプリケーション項目を選び実行する動作を、キーを押すだけで簡単に行なえるOffice KeyとInternet Keyを各6つ搭載しております。”とかはかなりいらないんだけどな・・・)
まぁちと10日位我慢して使って様子を見てみる・・・。
Uk 24hrs from greenjelly film on Vimeo.
4月から始まった第12期希望塾も最終回。最終回の講師は サントリーウーロン茶などで有名な葛西 薫氏。とても穏やかな人柄が伝わってくる、静かな語り口とやさしい面差しが印象的。
講義の内容は森村泰昌写真集「卓上のバルコネグロ」や、Cimaの広告、ガレとジャポニズム展、ウーロン茶、黒ウーロン茶、とらやなどの事例を中心にお話してくれました。
とてもグラフィックに対して自然体で接しておられる方で、普通のデザイナーだと口に出さないような言葉が静かに語られる空間はとても心地よかった。
とても謙虚で、とてもひそやかで、関係するすべてのものに対してのリスペクトと、そしてえも言われない、言葉にできない、自分の中にある捕まえにくい何かをとても大事にしておられる印象でした。
詳しい講義の内容をここに書いても実際の講義の1%も伝えられないと思うので、今回は何も書きません。
湖畔の水面のような静かで深い講義でした。この講義自体が一つの芸術のような感じで、なんか泣きそうになりました。なんだかとても救われた気分がしました。
葛西薫の仕事と周辺
葛西薫 ggg Books35
人生を3つの単語で表すとしたら: 一倉 宏, 葛西 薫
効告。 企画をヒットさせるために広告クリエイターたちが考えること: 葛西 薫, 黒田 秀樹, 込山 富秀, 佐倉 康彦, 京都広告塾
Everyday Shooter
Javascript Super Mario Kart
どうやってるのかサッパリ分からないけど、JavaScriptでここまで出来るっつーのはすごい。
でもメダルとかはやっぱ取れないのかな?
Flashで作るのもかなり大変そうだけど・・・。
ちなみに全然勝てません。
Avenue H ver.2
Avenue H
昨年10月に公開してもう半年以上経ちますが、密かにバージョンアップ作業をしておりました。
ということで本日新しいバージョンをリリースしました。
新しく追加された機能は以下のような感じ
・ブックマーク機能:ユーザの道をアベ友としてブックマークできるようになりました。簡易プロフィールもしくは道にエントリーした際に画面右下に”add ave-tomo”ボタンが表示されるので、それで追加。
・プロフィール機能:プロフィールの設定が追加されました。プロフィールは車をクリックで簡易版が表示。また道の看板をクリックで詳細プロフィール、アベ友を確認することができます。
・マップ拡張:全体マップで島レベルでのユーザ確認が行えるようになりました。
その他諸々細かい部分で色々とリクエストのあった部分を改定しています。結果的にFMS部分をほぼ作り直しという状態になってしまいましたが、以前よりは色々と便利になったのではないかしら?と思います。
これまで色々なリクエスト、ご意見くださった皆様感謝です!
屍累々、絶望、絶望、また絶望
ネガティブだとよく言われるが、これはLBだったという過去が大きいように思う。様々なbad caseを想定して、対応策を考えてゲームプランを作る毎日を過ごすうちに染み付いてしまったっぽい。この癖は今の仕事では役立っているといえば役立っているのだけど、まぁ本当はもう少しポジティブにもなりたい。
話は少しずれたが、人生においてもそう。何が起こるかわからない。その状況下でどこまで現況を自分が保持(守る)事ができるか?もしくは守れるレベルに負荷を抑えておくか?は結構考える。今が永遠に続くような錯覚に陥るが、あと15年もすれば50歳である。明日の朝、目が覚めていることですら、奇跡であるかもしれない。
ということで今日は2つほどの絶望を・・・。
週末婚は「強者カップル」においては可能だが、一方の配偶者が弱者になれば破綻の危機に瀕するということである。
私はいま「破綻の危機」というようなあいまいな言い方をしたけれど、実情は「弱者の切り捨て」ということである。
昔、あるインディペンデントな夫婦を知っていた。
夫婦それぞれ仕事を持ち、相当な年収を得て、お互いを束縛せずに、異性関係を含めてかなり自由に活動していた。
そういうのもありなのかしらと私は眺めていた。
その妻があるとき病気になった。
脳内出血で意識を失ったのである。
しばらく植物人間状態が続いたあと、夫は妻を実家に送り返した。
荷物みたいに。
週末婚? / 内田樹の研究室
以前ワイフが3ヶ月ほど入院したとき、一日一回病院に行くだけでもかなり大変だった。そのときに終わりの見えない入院(これは自分も含め)などになったときに看病しながら、仕事しながら、犬の世話をしながら、そして子供の世話をしながらどうやって生きていけるか?を考えたことがある。で、そのときの結論は「現金をできるだけ貯金しろw」だったのだけど・・・汗
さて、次の絶望。
2030年、私たち団塊の世代のものが寿命を迎えて、約165万人が死ぬ時期である。病院のベットで死ぬ人が89万人。自宅で死ぬ人が20万人。介護施設で死ぬ人が9万人。そして、これがすごい。「その他」が47万人との数値を出しているのだ。「その他」とは何ぞや。病院でも、自宅でも、施設でもない。参考までに、2005年の死んだ人の割合の中で「その他」とは、路上や公園などで死んだ人のことを指している。行き場のない医療難民が将来、年間47万人出るという数値だ。まったくもう、なんということを目指しているのだろうか。
日本は本当に姥捨て山になる。/河野美代子のいろいろダイアリー
47万人が路上や公園で死んでいるという表現はちょっと直感的ではないので少し身近な表現にしてみましょう。47万人を日本47都道府県で均等に割り振り、各県、1万人/年が路上などで死亡、それを1日換算すると
1日1県で27.4人が路上や公園で死んでいる。
ということになる。子供たちが遊んでいる公園でふつーに死体が落ちている社会が20年後にやってくるというわけです。(北斗の拳のような未来よりはましかも知れませんが)
この辺は高度成長期あたりの官僚ののんきなばら色の将来予測とそれに基づくずさんな資産運用のツケが今にきているわけだけど、こうなってくると子供に何かしら負担をかける前に自分で棺おけ入って死んでしまうのが理想の形になる。そんな国で子供を残すぐらいなら、子供を残さず自分たちが遊びまくったほうが良いとか色々な考え方はできるだろう。(まぁその辺になると1番目の話に戻るのだけど)
なんにしても今我々に用意されたばら色の将来など何もない。
ばら色にしたければ自分たちでバラを育てるしかないのだ。
そのために何をすればよいのか?何をしなければ良いのか?
さぁ、みんなで考えよう!
「人生とは絶望という名のダージリンに、希望という数滴のミルクが入ったようなものだ」
by : ヨスデイナ・バトコナゲソ
とある雀荘
何のために配信しているのか不明。