(タイトルコールはスペース☆ダンディ的な感じで・・・)
先週の日曜日に羽根木公園のプレーパークにて行われた「子ども商店街」
子どもたちが自分たちの力で店を作り、商品を考え、販売するという企画。
廃材をトンカンして作ったであろう歪な店舗が並び、うどん、ラーメン、おにぎりなどの一般的なモノから、音楽演奏、包帯巻き、露天風呂、手品、ベーゴマ、御札販売なんて独創的なものまで販売されているさまは、戦後のバラックや、サイバーパンクの街を思い起こさせる不思議な空間で、文化祭、学園祭などの「学校」という日常空間を母体とした模擬店とは「逞しさ」という点で空気感の異なるものでした。(この件については他事象でも同様の感覚があり、興味深く思っていますが、長くなりそうなので今回は割愛)
現代社会において「モノを売る」ことは「生きる」ことに強くつながる行為です。
インターネットの普及により「購買」に新しい形態として、「オンラインショッピング」という「時間・場所からの開放」「販売時の対面機会の消失」を特徴とする形態が加わって約20年。今後「購買活動」に占める割合はますます増えていくことでしょう。
カテゴリー: Random
衛星系情報は、画像からまっとうに進化し衛生動画の時代に入った。
我々が情報をGPSから得ていると同様に、情報を与えている訳である。
飛行機レベルが対象であればプライバシーが問題になることは無いだろうが、これが一歩進んで車が対象になった途端、一気に色々問題が噴出しそうである。(どっちの方向に噴出するかは知らんけど)
インターネットは言葉、画像、動画・・・情報密度を増しながら、時間、空間を越える進化を遂げているが、受け取る人間の能力はさほど変化していない。そろそろボトルネックとしての受け手の問題を解決するフィルタが注目されることだろう・・・
知らんけど・・・
Ref.地上の動きが即座にわかる「衛星動画地図」 « WIRED.jp
行為から滲む、おぼろな像
少し前の話であるが、こんなニュースがあった。
確かに「見ればわかるだろ?」という部分も理解できるが、そもそもこのチェックが「未成年に酒を売ったことが店側の責任として問われる」社会において、「成人なのか判別付かない」「老け顔の19歳」「童顔の30歳」などに対して年齢判断の責任を担ってもらうということを踏まえると、観察者の属人スキルに委ねられる「成人か、否か」の判断よりは確実であり、必須手順として組み込むことにさほど違和感は無い。
つまり「未成年者の健康を守るために、大人に少し協力してもらう」という社会的な責任としてである。
これに対して、この一連の騒動のきっかけとなる以下の様な事件が発生している。
- 腹を立てた客が店内で乱暴を働く
- 「オレが19に見えるわけねぇだろ!60過ぎているジジィを捉まえて、押せとはなんだコラ!!!」
- 「年は見れば分かるだろ」などと腹を立て、レジの液晶画面を素手で殴り破損させ現行犯逮捕
- 同じ理由で液晶画面を殴って壊し現行犯逮捕
- 年齢確認され腹を立て、出入り口のドアガラスを足で蹴り割ったとして逮捕
これらを踏まえて
「我々の行う接客はこれでいいのか、ということは常に社内で検討しておりますが、このタッチパネルに関してはお客様のご意見はもっともなことであり、合理性という点でも問題があるのではないか、ということになりました」
ということで、廃止に踏み切ったということらしい。
This clip from SAMSARA showing food production and consumption has been getting a lot of attention!
SAMSARA is available on DVD and Blu-ray, as well as On Demand from Amazon, ITunes and Netflix.
http://www.barakasamsara.com
From SAMSARA producer Mark Magidson:
"We are happy this clip has struck a chord with so many people, and we hope that the interest in this clip will lead viewers to see SAMSARA in its entirety. This clip represents only 6 minutes from a 100 minute long film, which was photographed in 25 countries and explores many other diverse aspects of the human experience. We would love for viewers to experience SAMSARA as a whole."
これだけの人間が地球に生きている。
食料の調達を最適化した恩恵である。
結果「食物連鎖」という生命の循環に伴う行為が見えなくなってしまっているけれど、こういうことだ。
我々が生きるためにはこういう行為が必要なことを認識して、日々を大切に生きていこうと思う。
別れるために生きている
Rumi: “Goodbyes are only for those…” on Changemakrs.com
「あなたと出会うために生きてきた」――よくある台詞
しかし全ての人に平等に訪れる「死」を軸に考えると、すべての結末は別れである。
「あなたを最後に別れる人にするために生きてきた」
こう考えると人との関わり方、日々の捉え方も変わるだろう
目的は死ぬまで達成されず、死ぬまで日々努力・・・
PS.このRumiという人は13世紀ペルシャの詩人、法学者、神学者・・として有名な人だそうです。
いまの世界情勢ではペルシャ文化に接する教育機会が少ないですね。
ジャラール・ウッディーン・ルーミー – Wikipedia
Rumi – Wikipedia, the free encyclopedia(英語のWikiの方が色々詳しく書いてある)
美化された成功事例やポエムが蔓延する昨今のネット界隈ですが、こういう記事の中にこそ学びは多い。
起業する前に意識すべき5つのポイント。失敗してみて気づいた、とあるスタートアップの反省 – Follow Your Heart
スタートアップ的案件に関わることは多くとも主体として立ち上げたことは無いので、切実に読み取れているかわからないですが、腑に落ちる部分はかなりある。
請負業務として関わる人も案件の成功を願うなら、理解・把握しておいたほうがよい。
こういう記事を書くのはストレス高いと思いますが、失敗を直視し、振り返り整理することで己の血肉とする勇気に拍手。将来の成功を草葉の陰から願っております。
こんなニュースがあった
【リオデジャネイロ共同】ブラジル東部の農村に住む18歳の女子高校生が、脳梗塞で寝たきりになった母親の介護費用を稼ぐため、動画投稿サイト「ユーチューブ」に自らの「初体験」を競売に掛けるメッセージを投稿し、議論を呼んでいる。
母介護のため「処女」競売/国際/デイリースポーツ online
ブラジルで法律的に合法なのだが、日本では違法行為にあたる。
「自分の持つ価値があるものを売って対価を得る」という行為ではあるが、「社会に潜む闇」という言葉でぼやっと有耶無耶に結論づけてしてしまいがちな傾向がある。
優等生的に回答すると
「別の社会システムによる救済を受けるべきである」
「社会がこういうことを解決できるようになるため、自分たちにできることはなにか?」
という感じだろうか?
しかし現状「社会システム」で救済されないものは多く存在し、表層的に違法化することにより問題の存在を隠蔽・切り捨ててしまい、結果救われない人を見ないことで、あたかも問題など存在してないように振る舞い、結果救いの必要な人は救われないままになっているように思う。
解決策としては、やはり「価値があるものは売れば良い、売るためには価値をつければ良い」という結論にならざるを得ないようにも思うし、以前に家入さんが展開した出産費用の件(参考:[また家入か] 家入一真氏がフォロワーの出産費用をツイッターで集めて物議を醸しだしている! : イケハヤ書店)も似たような形だと思う。
この時は「自分の口座を晒す」という行為に価値を付けたわけだけれども、これが競争市場になった場合には
「預金通帳を晒せ」
「自宅の住所を晒せ」
「顔写真を晒せ」
「裸の写真を晒せ」
・・・
なんて具合に要求がエスカレートし、最終的には売春やら臓器販売など非常に身体的なものになる可能性も高そうである。
「べき」、「なくてはならない」ということ
システムに乗らないものを許さない風潮というか、制度どおりにおこなわれているかどうかを監視するのに、現場が忙殺されているような状態です。それに、あらかじめ決められていること以外は許されないので、介助者との人間関係が深まらなくなった感じがします。心の通じない相手がしてくれる介助は痛いから、怖いんですよね。
一言で言うなら「揺らぎが無くなった」「揺らげなくなった」ということでしょうか。そしてそれは、世の中全体に着実に浸透しているような気がします。ガチガチに固定されているシステムは、揺らぐことができる「余白」、その場の状況に応じた選択・決定を可能にする余地や余裕がないために、リスクが高く、効率も悪いものです。「揺らぎ」がなくてはイノベーションも起きません。こういった「揺らぎ」や「遊び」という要素をどう維持していくかというのが、今後世の中のことを考えていく上での重要な課題になっていくだろうと思います。
人は世の中を知るにつれ理想を描くようになる。
それは効率性だったり、汎用性だったり、カテゴライズだったり様々である
「こうすれば世の中はもっと良くなる」
「こうしたほうが良いのではないか?」
「これはこういうグルーピングではないか?」
そして、その想いが強いほどに
「こうするには、こうしなくてはならない」
「こうすべきである」
と先鋭化していく
この行為自体が悪いとは思わない。
単純でわかりやすいし、世の中の進化はそういう部分に負うところが多いのも事実である。
子どもたちの視界とよしなにな境界
クリスマスが近い
なんとなしにマイソンにサンタに何をお願いするつもりなのか聞いてみたところ、自分が持っているもの、テレビでCMしているもの、もしくは友達が持っているものに候補が偏っている。自分達が子供の頃プレゼントをどうやって選んでいたかワイフと話してみた
「新聞のチラシ」
この時期、新聞にはおもちゃ屋のチラシが頻繁に入っており、それをコタツに寝転びながら心ゆくまで眺め、見たことのないオモチャに夢を馳せ、オモチャ界の動向を把握し、サンタに何をお願いするのか決めていた。当時の子供の小さなコミュニティはテレビとチラシをハブとして、外界と接続しコミュニティ間の言語を共通化していたように思う。
クリスマス商材は大人向けにWebページでまとめてくれるのも結構だが、子供向けに、昔のチラシみたいに印刷して子供に手渡せるPDFフォーマットみたいなものがあると便利なんじゃないかしらと思ったら、すでにAmazon先生は展開していた。アマゾンクリスマスカタログPDF(何故PDFからリンクさせてないのか不明)
トイザらス先生も万全であるトイザらスクリスマスカタログ(こちらは一気に印刷できなくて不便)
一方楽天先生は、ジュエリー、スイーツ、バッグ、小物、グルメ、オモチャという構成である。ヒルズ族的思考で攻めているっぽい。
【楽天市場】クリスマス特集2013 | クリスマスプレゼントが満載!送料無料、ランキングも!
さて、ここで話は終わらず、更に潜ります。
死のBlue cell
Blue cells of death mark the end of a worm’s life | Ars Technica
「死」は青い光を放つことが判明 « WIRED.jp
研究チームがカルシウム信号の経路を塞いだところ、ストレスが死の原因である場合には、細胞膜の破裂を遅らせることができた。だが、加齢による死の場合には破裂を遅らせることはできなかった。これは、加齢による死にはカルシウム信号だけでなく、ほかのプロセスも関係していることを示唆した。
研究者はこれを「死を遅らせる方法」につながるものとして取り組んでいるのかもしれないが、私の頭のなかには「死の青いビーム」みたいなものを想像してしまった。(いや実際青い光はその結果放出されるもので、トリガーでは無いのだけど)
心臓停止による酸素、栄養などの供給断絶により、ゆるやかな死が全身に浸透していくイメージだったけれど、全体として協調された作用によって死が管理されているとうのはとても以外なものだった。
一体それが何のために必要だったのだろうか・・・?
とても不思議な話である
実体と抽象
インプリメントとインクルード
階層化ではなく関係性
並列、従属、継承、複製、反復
原発20キロ圏内に生きる男
2年経ちました
あの時から止まったままの場所がある
任天堂・岩田社長が語る“本当の”ソーシャルゲーム :日本経済新聞
「『数字のパラメーター(設定値)だけを触って何かのカギを開けるとか、何かがものすごく有利になるとかという形で課金する』ということを追求すると、確かに短期的に収益は上がるのかもしれませんが、お客さまと私たちの間で、長期的な関係は作れない」
「ただ、我々は、お客さまが(任天堂や同社のゲームに)どれだけ敬意を持ち続けていただけるかで、長期的な関係が築けるかどうかが決まると思っているんですね。私は、そっち(射幸心をあおる手法)にいかなくても、ゲームビジネスの健全性を維持してみせると思ってやっています。それを世に示した1つの例が、どうぶつの森ですね」
現状のソーシャルゲームバブル(まだそういう状況かは微妙だが)の抱える様々な事項に対しての任天堂としてのスタンスが垣間見れる。
大事なのは敬意。そしてその先に思い描く未来。
これはゲーム業界だけでなく、我々の仕事も、その他の仕事も一緒だろう。
儲かることも大事だけど、その結果クライアント、ユーザの人生を崩さず、ともに幸せになっていくというバランスが大切なのだろうと思う。そういう世の中は素敵だと思うし、そういう世を作り、残していくために残りの人生を使いたいなと思う。
と、なんだか理想主義的なことを書いてみる。
リーンスタートアップは「構築」「計測」「学習」を迅速に繰り返して、新たな製品やサービス、事業を実現する。構築段階では必要最小限の機能を搭載した製品やサービスを素早く提供する。計測段階では顧客の反応を細かく調べる。学習段階では測定結果を基に現状と顧客ニーズとのギャップなどを学習し、製品やサービスを改良していく
従来の「The Web site」で通用していたかもしれないペルソナ手法が、近年のコミュニティ、サービス、情報の混在したサイト設計に有効に作用させるのは無理があると感じている人は多いのではなかろうか?(時間、予算的にというマスボリュームの違いを踏まえないで海の向こうのお手本を盲信するやり方は自滅するだけ)
実装前に結果予測+保証された多機能な企画を立てるのが企画屋の一つの矜持だとするならば、「おれはホームランか三振だ」というギャンブルフレームにおける打率の高さが、彼らの格付けの根拠になる。
もしかしたらそれは確率の結果論というだけの話であり、時代としてのハンディキャップがほぼゼロの現状で、打率は間違いなくHC分下がり、相反してリスクは高まっている状況だと言えるだろう。
時代は機動性をもとめ、その手本となるものを探している。
それは間違いなく80年代の広島東洋カープの古葉竹識政権なのである。
存続なるか 日の丸造船業 (東洋経済オンライン) – Yahoo!ニュース BUSINESS(ヤフーニュースビジネス)
学んだけどその道に進まなかった業界。
友達はたくさん存在する業界。
島国日本としては、絶対に失っては行けない業界だと思うんだけどね。
なんだか冷遇されているイメージもある。
ちと心配
“離婚騒動”の中村瑠衣が胸中告白 黒田勇樹と別居中も「修復したい」 (オリコン) – Yahoo!ニュース
他人さまのことなのであれこれ言うことでも無いのだけど、ある意味スキャンダルを商材とする「芸能人」の仕事の一環として、その修復過程を公開しつつ修復へと至っていただきたい。結果それが同じような状況に陥っている家庭の助けになるのであればとても有益なリソースになるように感じる。
芸能人の役割なのか、ネットの役割なのか微妙なところだけど、巷にあふれる「芸能人」の「離婚した」って無責任な結果報告が、今の世の中の離婚のハードルを低くしている一つの原因のようにも思うので、ここは一つ、離婚の危機を乗り越えるさまを赤裸々に公開して、一つの道筋を指し示して頂けると良いのではないかと思います。
黒田勇樹の一連のインターネットへの情報展開はこの件に限らず、ネットドラマ化の傾向が伺え、非常に興味深く感じます。(意図的では無いのかもしれないけれど・・・)
※ここで使っている「ネットドラマ」って言葉は「映像的なショートムービー」ってことではなく、トザキが勝手に定義しているモノ。情報要素(ビックデータ?)の集合体が一つのドラマとして成立し、ネットユーザがそれをトレースしていくような構造。(フィクション、ノンフィクションにかぎらず) ある意味ブログ、ソーシャルのタイムラインも同意ですが、もう少し複数のタイムラインが絡まり合い、その絡み合いから生じるであろうエモーショナルな要素をキーとするイメージ。遠い昔にこのブログで書いたような気もするけれど、忘れた。
情報に対してのファンクション
情報を発信と、情報処理は更に分化し、最終的には完全に独立する。
そうなったときに目に見えている情報は共通言語としての価値を失い、情報の意味だけが抽出される。
その時に初めて人はコミュニケーションに必要な要素を再認識して、取捨選択を行うことができるんじゃないかと思う。
音楽はコミュニケーションにおける共通言語治しての価値を失った。
新しい情報メディアの台頭も原因の一つだろうけれど、リリースのハードルが下がったことで全体の質が下がったこと、細分化したことによって汎用性が低くなったことが大きな原因なんじゃないかな?って思う。
空間や時間を飛び越えて多くの人とコミュニケーションを取ることができるWEBを使い込めば使い込むほど、みんなそれぞれ一人ひとり、深い深淵へと潜っていってる感じ。
鬱とか病的なカテゴライズのほうが当人も外野も共通言語を確保できていたりするのかもしれない・・。


